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福岡地方裁判所 昭和48年(ワ)493号 判決

原告 梅林政雄

〈ほか二名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 角銅立身

同訴訟復代理人弁護士 吉村拓

被告 高崎幸徳

〈ほか三名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 赤根良一

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、各原告に対しそれぞれ金五〇万円及びこれに対する昭和四七年一二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告岩本及び同高崎は、昭和四八年、福岡地方裁判所に対し、地方自治法二四二条の二の規定に基づき訴外田川市長、原告梅林及び同松下を相手方として住民訴訟を提起した(同裁判所昭和四八年(行ウ)第一一号所有権移転登記抹消登記手続等請求事件)者であるが、被告らは、右事件の提訴に先だち昭和四七年一二月二一日付で、被告高崎、同岩本を請求代表者として、地方自治法二四二条一項の規定に基づき、同法二三八条の三に違背するものとして左記のとおりの監査請求をなした(以下本件監査請求という)。

(一) 田川市が、その所有にかかる左の(1)、(2)の二筆の土地(以下本件土地という)を、公簿面積合計五六六坪であるのにかかわらず、三二一坪とし、かつ坪当り一〇〇〇円で原告梅林に払い下げたことは不当である。

(1) 田川市大字糒字盗人迫一九〇〇番の七

雑種地 四〇平方メートル

(2) 田川市大字糒字赤熊一八九九番の二

雑種地 一八三〇平方メートル

(1)、(2)合計 一八七〇平方メートル (五六六坪)

(二) 田川市管財係長である原告松下が本件土地の一部を取得したことは、事前に原告梅林と共謀の上、不法にその土地を譲り受ける約諾のもとに一連の処理をしたものと思料されるから、地方自治法二三八条の三を潜脱する脱法行為である。

従って、田川市の本件土地の処分行為は無効であるから、これを原告松下から返還せしめる措置を講ずべきである。

なお、本件監査請求以前にも、被告高崎、同岩本は、「あすの田川を創る会」の会長、理事として、民声新聞の編集兼発行者である被告原田及び田川市議会議員(清風クラブ所属)である被告山崎らと共謀の上、三回にわたって、坂田田川市長をめぐる土地売買問題に不正があるとして事務監査請求をしたことがあるが、いずれも理由がないと判断されている。

2  本件監査請求に対する田川市監査委員会の昭和四八年二月一九日付の監査結果報告書によれば、その監査結果の概略は左のとおりである。

(一) 被告高崎、同岩本らが本件土地の面積を単に公簿上のみから合計五六六坪と即断したのは誤りであって、現実には一〇一坪ないし一〇五坪(実測上の残地から現に田川工業高校において使用中の八九坪、個人の井戸、養魚地等の用地六六坪及び宅地に利用されている三〇坪等を差引いた残地面積)しかなく、しかも本件土地は法面にあたるものであるから、払下げ金額においても不当ではない。

(二) 原告梅林と同松下、同島本らはもともと面識がなかったものであって、事前の共謀の余地は全くなく、また、原告松下は当初から市有地を自己の所有とする意図があったものとは考えられない。

右のとおり、本件監査請求には理由がなかった。

3  ところが、被告らは共謀の上、適切な事実調査もせず、単に登記簿や字図を閲覧したのみで、当事者らから説明や釈明を求めることもなく、故意に事実を歪曲して原告ら及び訴外坂田九十百田川市長の名誉を傷つける意図のもとに、被告山崎において、昭和四七年一二月二〇日午後二時ころ田川市議会本会議開会の直前に同本会議場で別紙図面のとおり一見して如何にも田川市と原告梅林との間に疑惑があるかのように構成、記載したビラ(以下本件ビラという)を列席していた田川市議会議員に配布した。右ビラには、一方で、本件土地の坪数を五六六坪(公簿上)と記載し、他方では、本件土地が田川市から原告梅林に譲渡された時の面積を三二一坪と記載し、更に、登記簿上で分筆処理した際の面積を六四坪及び二六七坪と記載するなど、故意に喰違った数字を使用しているうえ、原告梅林は、坂田九十百田川市長とは極めて別懇の間柄で毎期の市長選で同人の選挙責任者を務めているとの記載がされているとともに、元田川市職員労働組合長である原告松下及び田川地区労働組合会議事務局長である原告島本らと、市民には社会党公認であることが公知の事実に属する右坂田田川市長とが何か関連のあるような記載がされていて、疑惑を増幅させている。

また、被告山崎においては右同日、その他の被告においてはその翌日、新聞記者らに対し、左記の点で虚偽の事実を記載した監査請求書を示して、記事にすることを求めた。

(一) 原告松下、同島本は、同梅林と事前に共謀の上、同梅林が田川市から取得した土地の一部を譲り受ける約諾のもとに一連の処理をしたもので……。

(二) 田川市と原告梅林との間に取り交された売買契約条項においては、他に転売されないことになっている……。

4  その結果、昭和四七年一二月二一日付の各紙では、原告らがあたかも不法不当に市有地を取得したが如き報道が田川市及び田川郡に限らず広い範囲でなされ、それらは原告らの社会的評価を著しく低下させるようなものであったが、それらの記事の見出しは、左のとおりであった。

(一) 読売新聞(四段)

田川市有地払い下げ

また監査を請求

「元管財係長らに疑惑」

(二) 毎日新聞(六段)

4度目の監査請求 あすの田川を創る会

「市有地売買に疑惑

自治法違反、返還させよ」

回答次第で訴訟も

(三) 西日本新聞(六段)

認められねば訴訟を

公有地の売買でまた市長事務監査請求

その後も、左のとおりの見出しの記事がでた。

(四) 読売新聞(三段)

田川工高横の市有地払い下げ

市会が調査委設置

「管財係長への転売不当」

(五) 昭和四八年三月二一日付読売新聞(三段)

市有地払い下げは無効

田川市長を訴える 市民二人

5  ところで、原告梅林の本件土地取得の経緯は、同人所有の隣接地の造成のため本件土地が早急に必要となったため、やむなく実測面積の多少にかかわらず公簿面積で売買契約をなしたものであって、他意は全くなく、また、原告松下は自己の親戚のために本件土地を名義上のみ同原告が買い受けた形式をとったものであって、実質の買受人ではなく、更に、原告島本も、手狭であった川崎町の家を移転すべく自己のために本件土地を買い受けたものである。そして、原告梅林と同松下、同島本の間には交際がなく、共謀の余地は全くなかったのである。

このように、原告らには何ら作為や不純な動機というものはないのである。

6  しかるに、被告らは、共謀の上、原告らに嫌疑をかけるに相当な客観的根拠もないままに前記所為に出たものであり、その行為は原告らの名誉を著しく低下せしめる違法なものであるが、これら被告らの行為により原告らが蒙った被害は甚大である。即ち、

原告梅林は、田川の名家旧家であったが、被告らの所為によりその名声は失墜し、これまで真面目一方で通ってきた社会的信用は一挙に崩れ去った。

原告松下は、田川市吏員であるが、各種の圧力のため事実上約一〇〇日もの休職を余儀なくされ家族ともども家庭、学校、職場で罪人扱いされ、いわれなき非難を甘受せねばならなかったうえ、組合活動上にも重大な影響を受けた。

原告島本は、当時組合の要職にあったが、組合員の信頼を失うところとなって指導力を失い、ひいては役員選挙で落選の浮き目にあい、ついには転職せざるを得ないところまで追い込まれた。

7  以上のとおり、原告らの蒙った前項の精神的打撃が被告らの前記違法行為に基づくものであることは明らかであり、これらの損害を金銭に見積ることは不可能とも言えるが、被告らに対し、原告らの蒙った各損害の賠償として、それぞれ金五〇万円を連帯して支払うよう請求する。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実中、被告高崎、同岩本が、福岡地方裁判所昭和四八年(行ウ)第一一号事件の原告であること、右両被告が、地方自治法二四二条一項の規定に基づき原告ら主張の趣旨の監査請求をしたこと、被告ら四名の身分、地位が原告ら主張のとおりであること、及び被告らが本件監査請求以前にも三回の監査請求をしたがいずれも理由なしと判断されたことは認める。但し、右三回の監査請求は、坂田田川市長個人に不正があるというものではなく、地方公共団体としての田川市の財産管理に疑惑があるとしてなしたものである。

2  同2の事実中、監査結果の概要が原告ら主張のとおりであったことは認めるが、右監査結果自体失当である。

3  同3の事実中、被告山崎が原告ら主張の日時場所において本件ビラを配布したこと、右ビラには本件土地の面積について原告ら主張のとおりの数字が記載されていること(但し、数量の誤差は単なる誤記である。)、原告梅林と坂田田川市長との間柄について原告ら主張のとおりの記載のあること、原告松下、同島本の身分関係について原告ら主張のとおりの記載のあること及び被告山崎、同高崎が新聞記者に面談したことは認めるが、その余は否認する。

被告山崎は、田川市会議員であって、本件土地の処分をめぐる問題を田川市議会に特別調査委員会を設けることによって調査する意図を有していたものであり、市議会議長の了解、助言を得たうえで、市議会本会議場において、事実の概要を各議員に説明する資料として、本件土地処分の経過を図式的に示した本件ビラを配布しようとしたものである。ただ、右ビラはその場で直ちに回収されている。また、原告らと坂田田川市長の身分関係については、それが本件土地の移転及び抵当権設定の経緯を説明するうえで必要と認められたから記載したものにすぎない。

更に、被告山崎、同高崎が新聞記者に面談したのは、強いて面談を要求したものでもなく、監査請求書記載の事実は、田川市の本件土地の管理処分に対する被告らの疑念を表示していたにすぎなく、かつ疑念をもつだけの根拠は存在したのである。

4  同4の事実中、原告ら主張のような報道がなされたことは認める。

5  同5の事実は否認する。

6  同6の事実中、原告らが損害を蒙ったことは知らない。

7  同7は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  被告高崎、同岩本が請求代表者となり、昭和四七年一二月二一日付で、地方自治法二四二条一項の規定に基づき、原告ら主張のような趣旨の監査請求をしたところ、昭和四八年二月一九日付で原告ら主張のような内容の監査結果通知があったこと、田川市議会議員である被告山崎が昭和四七年一二月二〇日の同市議会本会議開会前に別紙のビラ(本件ビラ)を各議員に配布したこと、被告高崎、同山崎が右同日又はその翌日右監査請求に関し新聞記者に面談し、原告ら主張の各新聞にその主張のような見出しの報道がされたこと、前記監査結果通知を受けた被告高崎、同岩本が田川市長、原告梅林、同松下を被告として、地方自治法二四二条の二の規定に基づく住民訴訟を当裁判所に提起したこと、原告松下は本件監査請求当時田川市管財係長の職にあり、被告高崎及び同岩本は「あすの田川を創る会」の会長及び理事、被告原田は「民声新聞」の編集兼発行者であったこと、以上の各事実は各当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、本件監査請求の趣旨及び本件ビラの内容は、要するに、田川市はその所有にかかる土地二筆の公簿上面積が五六六坪であるのにかかわらず、これを三二一坪とし坪あたり一〇〇〇円で原告梅林に払い下げ、同原告は右土地のうち二六七坪を原告松下、同島本に売却し、同原告らはこれを担保として福岡県労働金庫から五〇〇万円の融資を受けたものであるところ、原告松下は右土地払下げ当時田川市管財係長、原告島本は田川地区労働組合事務局長の地位にあり、同原告らは田川市長坂田九十百とかねて昵懇の間柄にある原告梅林と共謀のうえ、地方自治法二三八条の三に定める職員の行為の制限を潜脱して公有財産を不法に取得したものと思料される、というにあることが認められる。これに対し、《証拠省略》によれば、田川市監査委員による監査結果の概要は次のとおりである。即ち、(一)田川市が原告梅林に払い下げた同市大字糒字盗人迫一九〇〇番七雑種地四〇平方メートル、同所字赤熊一八九九番二雑種地一八三〇平方メートル(合計五六六坪)は、田川市が県立田川中央高校(現在工業高校)の用地に提供するため昭和二九年に三井鉱山株式会社及び津村新から購入した土地の残地であるが、数次にわたる合・分筆に際し現地についての調査をせず、かつ所要の地積訂正を怠ったため、登記簿の記載にもかかわらず、現実に残存していた田川市所有地は一〇一坪であったと推定されるところ、昭和四六年に至り、原告梅林が右市有地に隣接する付近一帯の土地を購入して宅地造成を開始したことを契機に同原告と田川市との間に境界争いを生じ、紛争が長期化する様相を呈したため、当事者双方において譲歩をなし、三二一坪の市有地が存する旨の一応の境界確定をしたうえこれを三二万一〇三〇円で同原告に払い下げた(昭和四七年五月二四日)ものであり、不用の普通財産は売却して財源を得るのが適当であるとの見地からして、右の田川市の処置は妥当であったと判断される。なお、原告松下、同島本が同梅林から買い受けた土地は、現実には、原告梅林所有の一九〇五番二の土地と右払下げにかかる土地を併せたもののうちの実測五〇二坪である。(二)原告梅林(実質上の事業主体は梅林信吉)は、当初前記造成地を某会社に売却する予定であったが、工事遅延等のためこれができなくなり、その売却斡旋方を某に依頼したところ、某はこれを原告松下に依頼し、同原告は原告島本を通じ福岡県労働者住宅生活協同組合に斡旋したが不成功に終ったので、原告松下はかねて叔母から土地購入の相談を受けており、原告島本は子供達のために住宅地を取得したいと考えていたところから、同原告らが共同で前記五〇二坪の土地を購入するに至ったものであり、以上の経緯からすれば、原告らが事前に共謀のうえ原告松下において当初から本件土地を取得しようとの意図があったとは認められないから、地方自治法二三八条の三に違反する点はない、というのである。

被告らは、右監査結果自体が誤りである旨主張するが、右主張の裏付けとなる格別の証拠はない。却って、《証拠省略》はいずれも右監査結果における事実の認定にそうものであり、また、《証拠省略》によれば、本件土地払下げに関し田川市議会に設置された田川工業高校隣接市有地法面払下げ調査特別委員会の調査結果も大筋において右監査結果と同一であったことが認められ、更に《証拠省略》によれば、冒頭掲記の住民訴訟につき昭和五一年一月二九日福岡地方裁判所が言渡した判決も、右とほぼ同様の理由により原告高崎、同岩本の請求を棄却するものであったことが認められる。してみると、他に別段の証拠がない本件においては、原告らが共謀のうえ原告松下において地方自治法二三八条の三の規定を潜脱して不法に市有地を取得したとの事実はなかったものというべきである。

三  次に、被告らが本件土地払下げに関し疑惑をもち、本件監査請求及び本件ビラの配布等をなすに至った経緯について案ずるに、《証拠省略》を総合すれば、被告高崎は以前にも田川市の財産管理に不正の疑いありとして地方自治法に定める住民監査請求をしたことがあり、被告岩本とともに「あすの田川を創る会」の役員として田川市政に深い関心をもつ者、被告原田は「民声新聞」の編集発行人として被告高崎らと日頃親交のある者であること、本件土地の原告梅林への払下げについては昭和四七年九月頃田川市議会において原告松下ほか同市の担当職員から報告があり、その際被告山崎は、本件土地の近くに市営住宅があるところから、今後このような場合には不用土地を同住宅入居者に払い下げる等、他の適当な措置を検討されたい旨の希望意見を述べたところ、その後たまたま原告梅林の子梅林信吉に出会った際、同人から右土地払下げについて批判めいた言動をしないように言われたので、却って不審を抱くに至り、このことを被告原田に話したこと、同被告は、これを被告高崎、同岩本に告げたので、同被告らが被告山崎から事情を聞くとともに本件土地の登記簿謄本を取り寄せたところ、原告梅林が田川市から払下げを受けた前記二筆の土地は、一部分を除き、払下げ後間もなく原告松下、同島本に売り渡されるとともに同原告らは買受土地に抵当権を設定して福岡県労働金庫から各二五〇万円の借入れをしていることが判明したので、被告高崎、同岩本は、右登記簿上に表われた事実に前示のような原告らの地位、身分を考え併せ、原告らが意思相通じ地方自治法の規定の趣旨に反して市有上地を不法に取得したものと考え、このことにつき監査請求をすることとし、その資料とすべく右の疑惑を抱かせる事実を摘記した本件ビラを作成したこと、他方被告山崎は、本件土地払下げをめぐる疑惑を解明するため市議会に特別委員会設置を提案することとし、その前提として各議員に事案の概要とその重大性を認識させる必要があると考え、被告高崎から本件ビラ一部を貰い受けてこれを複製し、市議会議長の了解を得たうえ議場内で配布したこと、被告高崎、同岩本は本件監査請求代表者として各新聞社の取材対象となり、記者の求めに応じて監査請求の趣旨を説明するとともに本件ビラを資料として渡したところ、田川市においてはかねて一度ならず市有財産の管理をめぐる監査請求がなされていたこともあって、《証拠省略》のとおり各新聞ともかなり大きな紙面を割いて報道するに至ったこと、以上の各事実を認めることができる。

そこで、叙上の各事実を前提に、被告らに不法行為があったか否かにつき検討するに、確かに、登記簿のみによって本件土地の実面積を判断し、その売買に疑惑があるものとして本件監査請求をなし、また、特別委員会を作る前提として本件ビラを議員に配布した被告らの行為は、事前に当事者その他関係人の弁明を聞き、資料の提示を求める等の措置をとらなかった点において、いずれも、やや慎重さを欠いたと言えないこともないように考えられる。

しかし、登記簿上の記載は必ずしも真実を反映するものとは限らないが、登記簿には一応の推定力があるといえるから、第三者がこれをみた場合には、登記簿に記載されたとおりの事実があったものと推測するのもやむをえないものというべきところ、本件土地の払下げ及び原告松下、同島本への転売の際の実際の土地面積が前に記述したとおりであるならば、まず田川市において本件土地の地積訂正をなしたうえこれを払い下げるべきであり、また、原告梅林は自己所有地(一九〇五番二)を分筆したうえで本件払下地とともに原告松下、同島本に売却するのが本来の姿であるのにかかわらず、これらの手続がすべて怠られた結果、登記簿からみる限り、原告梅林が田川市から三二万円余で払下げを受けた土地から六四坪を控除した残りの土地が僅か二月以内に原告松下、同島本に売却され、しかも同原告らはこれを担保に計五〇〇万円もの融資を受けたという不可解な結果となっているのであって、これを第三者から見れば、原告らの一連の行為には何らかの不正があったのではないかと疑われてもやむをえないものというべきである。即ち、前認定の各事実に加え、《証拠省略》によれば、原告松下は昭和四七年四月田川市の管財係長に就任したが、以前には自治労田川市役所職員組合の役員を長く勤めていたこと、原告梅林は田川市長坂田九十百と友人関係にあり、同市長の選挙についてはもっとも有力な後援者の一人であったことが認められるうえに、原告島本は田川地区労働組合の事務局長であって、前記のような経歴を有する原告松下とはかねて親交があったと推認するのが自然であること等の事情を考慮すれば、被告らが本件土地の売買に疑惑を抱いたことは無理からぬものがあったといえる。殊に、原告松下の場合についてみるに、《証拠省略》によると、本件土地の梅林への払下げに関する事務は同原告が自ら担当者としてその処理にあたったものであるうえに、田川市においては、過去において三回も市の土地の払下げに関して監査請求があり、本件土地の売却処分に関しては、特に市長より「法面の払下についても後日問題の起らないよう充分留意すること」との禀議書への添書により注意を促されていたことが認められ、これらの事情を考慮すれば、その動機はともかく、自己の職務として処分した土地を、わずか二ヵ月後に自己の名で取得するというような行為は厳にこれを慎しむべきであったといわなければならない。

また、地方自治法二四二条に定める住民監査請求は、地方公共団体の職員による違法又は不当な行為により納税者たる住民が損失を蒙ることを防止するために、財政上の違法、不当な行為の予防、矯正を図る権利を直接住民に与えるとともに、その措置の実効性を裁判所の判決によって確保しようとするものであって、この趣旨からすれば、地方公共団体の職員に違法、不当な行為があると思料される場合に住民が監査を求めることは、地方財政の建全化のために望ましいことであるといえよう。勿論、その際、監査請求人としては、違法、不当な行為をしたとされた職員の名誉を毀損する恐れがないとはいえないのであるから、監査請求をするかどうかは事前に慎重な検討を経て決すべきであり、合理的な根拠もなく漫然たる臆測に基いて監査請求をした場合には、その違法、不当行為をしたとされた者に対し不法行為責任を負うとされることも当然考えられるところである。しかし、一般の住民が事実を調査する手段、能力に自ずから限界があることは多言を要しないのであるから、違法、不当行為があることがある程度合理的な根拠に基いて推測できる場合であるならば、たとえ、その監査請求が結果的に理由なしとされ、その間当該職員ないし関係者に不利益を及ぼすことがあったとしても、それを直ちに違法と評価すべきものではなく、監査請求をしたことについて、良識ある社会人の立場から見て相当の根拠が認められるならば、不法行為責任を問われるべきではないと解すべきである。

これを本件についてみるに、本件土地払下げをめぐり原告らに不当な行為があったと疑われてもやむをえない外形的事実があったことは前記のとおりである。ただ、被告らにおいて本件監査請求等をなすに先だち原告らその他の関係人に説明を求める等の配慮をした事実が認められないことも前記のとおりではあるが、《証拠省略》によれば、本件市有地処分の当否につきもっとも重大な意味を有する本件土地の実面積については、田川市における市有地管理が適切を欠いていたために、本件監査及び前掲特別委員会の調査においても複雑、困難な認定作業を要したこと、その調査の結果本件土地の実際の面積は一〇〇坪程度であるとの結論に達したものの、法務局備付けの字図によれば、本件土地は登記簿の地積にほぼ見合う面積があるように表示されていたことが認められ、他方、《証拠省略》によれば、被告らは本件監査請求及び本件ビラの作成に先だち本件土地の字図を調べたことが認められるのであるから、この点に関して被告らに格別の落度があったということはできない。そして、法潜脱の意図の有無その他関係者の主観的、個人的な事情については、仮に被告らにおいて事前に原告らに説明を求めたとしても、それによって被告らの疑念が氷解したであろうと推測できる特段の事情は本件において認められないのであるから、被告らが原告らに対する事情聴取等をしなかったことを責めるのも相当とは思われない。

そして、本件ビラの内容を精査し、その余の本件各証拠と対比するも、殊更に事実を歪曲して原告らの名誉を傷つける如き記載のあることは認められないし、本件ビラの配布の方法等について特に妥当を欠く点があったことも認められない。また、被告高崎及び同岩本が新聞記者から本件監査請求の内容の説明を求められ、監査請求書と本件ビラを記者に示した結果、新聞記事としてかなり大きく取り上げられ、本件事案が広く世間に知られるに至ったことは前記のとおりであるが、新聞社が取材内容をどのように記事にするかは各新聞社の独自の判断によるところであって、そこに被告らの意思の入る余地はほとんどないといえるのみでなく、その報道内容は、本件監査請求の趣旨とこれに対する関係者の意見を伝えたいわば報告的な事実の報道であって、被告らが殊更原告らに不利となる事実を取材させたことを窺わせるような証拠は存しない。その他、本件監査請求が公共の利益に資する意図に出たものではなく、もっぱら原告らの個人攻撃を目的としたものであることも、本件全証拠によるも、認められない。

以上のとおりであって、原告ら主張の被告らの行為には不法行為責任を追求しうるだけの違法性ある事由は認められないというべきであり、右判断を左右するに足る証拠は他にも存しない。

四  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 南新吾 裁判官 小川良昭 裁判官辻次郎は填補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 南新吾)

〈以下省略〉

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